2026年7月1日水曜日

ナッシュビルの思い出

 


残念ながらサッカーは敗退してしまいましたが、今回のキャンプ地のナッシュビルという地名を良く耳にしたかと思います。私はもう
20年以上前になりますが、ナッシュビルに行ったことがあります。私のアメリカ初上陸の地がここになります。と言っても滞在は4日間位だけだったのですが、アメリカ形成外科学会の研修医指導機構という下部組織があり、そこに講演で呼ばれた地がナッシュビルだったというわけです。それまで日本人で呼ばれたのは私くらいなので、かなり光栄な話ではあったのですが、私が開発した口唇と外鼻の術式(アメリカ形成外科学会誌に掲載されたので)を紹介してください、という依頼だったので、私は耳が専門なので、耳の講演をさせて欲しいと返信したところ、口唇20分、外鼻20分、耳介の先天性疾患10分、小耳症10分と、4コマの受け持ちになってしまいました。いかんせん英語が今よりさらにひどい状態で、しかも本場のアメリカで、なんと無謀なチャレンジであったかと、今でも思い出すと冷や汗が出ます。往復の行程はもはや記憶に残っていないですが、どこかでの乗り換えでかなり長時間の移動で行ったことと思います。さすがに英語に自信がないので、教室員の一人で英語が多少できる先生も誘って行きました。

 

招待なので、宿泊も学会場と同じ会場にホテルを取っていただいていたのですが、そのホテル(名前は憶えていません)がとにかくばかでかい!例えれば、ハウステンボス程度の敷地が丸ごと一つのホテルの敷地という感じだったでしょうか。何と言っても敷地の中を川が流れていて、その川を船が往復していて、移動にも舟を使う的な。建物がいくつもあって、レストランも敷地内に点在していました。ホテル自体は荒野にポツンとあるような状況なので、ちょっと街まで、と気軽に行けるような場所でもありませんでした。不運にもホテルの部屋の窓を空けると目の前を滝が落ちていて、しかも夜通し!だったので、うるさくてなかなか寝られない状態でした。

 

学会はと言うと、玉砕でした。まずはランチタイムに隣に座った研修医に、earの発音を必死で教えてもらい(どうも私の発音だとどうしてもyearに聞こえてしまうらしく、しかもその違いを何度聞いても良くわからず)、耳の講演なのにearの発音ができない、という時点で終わっていたのですが、講演後の質問も、だらだら長~く話してくるので、どこから質問なのかもイマイチわからず、何言ってるかも途中でわからなくなり、ついて来てくれた先生も部分的にしか意味がわからず、ほぼ質問対応ができない有様でした。

 

ディナーはバスで街中に連れ出されたわけですが、途中バッドマンの映画の舞台となったバッドマンビルを紹介されておー、とはなりましたが、着いた先ではひたすらカントリーミュージックを聞かされ、飽きてタクシーで逃げてきました。

バッドマンビル

 

観光客があまり来ない地、ということもあるのでしょうが、食事は現地の方の量だったので、ちょっとあり得なかったです。二人で軽くつまむためにムール貝を頼み、1人一つずつステーキを頼んだのですが、最初にでてきたムール貝、ばかでかい皿に大量のパスタが載り、その上に何十個ものムール貝がタワーのように積み上げられており、その時点で注文が失敗であったことを悟ったのですが、あとに出てきたステーキは、冗談抜きでビーチサンダル位の大きさで、厚さは10cm近い代物でした。何分の一も食べられずに降参しました。一応ドギーバックにしてもらいましたが、部屋に帰っても見るのも嫌になる状況であえなく廃棄。

風邪気味になってしまったので、帰りの飛行機では耳管が詰まってしまい割れるように頭が痛い状況が続き、息も絶え絶えにやっと日本にたどり着いた、という苦い思い出です。ナッシュビルと聞いてついついその当時のことを思い出してしまった次第です。その当時は携帯なんぞなかったので、写真も全く残っていません。